年商40億の女社長は意外に多い!?『ウワサのお客様』で爆売りしていた人物は誰?

人物
記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

こんにちは、ayurinnです。

2025年2月28日放送の『ウワサのお客様』に、気になる内容を発見。

年商40億の女社長がコメ兵でブランド品を爆売りするというもの。

しかも、その鑑定額が何と総額1千万円以上なんだとか。

そんなにたくさんのブランド品を持っている年商40億の女社長って、誰?

と、気になり調べてみたところ、意外にも、年商40億円の女社長が多くいたことに驚いたので、一挙にご紹介したいと思います。

少しでも興味がある方は、ぜひ、最後までお付き合いください。

スポンサーリンク

年商40億の女社長は意外に多い!?

ICHIGO代表 近本あゆみさん

まず、一人目の年商40億の女社長は、ICHIGO代表近本あゆみさんです。

「日経WOMAN」による「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2023」にも輝いた近本社長。

ちなみに、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」とは、対象の1年間に各界で最も活躍した女性に贈られる賞です。

近本さんが代表を務める「ICHIGO」は世界180の国と地域で、お菓子のサブスクを展開する会社

最近人気の越境ECを早い段階で取り入れ、起業6年目にして、年商40億円を達成したすごい人なんです。

1984年に、兵庫県で生まれたという近本社長。

早稲田大学を卒業後、リクルートに入社。

このルートだけで、エリートだということが分かりますよね。

リクルートでは、「ホットペッパー」の営業を経験し、EC事業ポンパレの立ち上げに関わったのだとか。

その後、リクルートを退職し、独立。

2015年に海外向けの通販会社movefastを設立

そして、2021年に、会社名を現在の「ICHIGO」に変更

事業内容でもあるお菓子のサブスクは、日本のお菓子は海外でも売れるという確信に基づき始めた事業。

というのも、リクルート時代に、銀座などで日本のお菓子を大量買いする外国人を数多く見てきたから。

起業当初こそ、古い体質だった菓子業界で、卸業者を探すことに苦労したようですが、時代の流れがサブスクに注目していたこともあり、業績は右肩上がりに。

近本社長の先見の明が功を奏し、現在への成功へとつながったようです。

私生活では、2人のお子さんの母親でもある近本社長。

仕事に育児に様々な役割をこなしながらも、世界を股にかけ活躍する近本社長を尊敬しています。

さらなる飛躍を期待しています。

B STONE社長 黒石奈央子さん

2人目の年商40億の女社長は、B STONE社長、AmeriVINTAGE代表取締役・ディレクターの黒石奈央子さん

立命館大学を卒業後、大手のウィメンズアパレルブランドに就職したという黒石社長。

実は、大学4年生の時に決まっていた進路は別のものだったそう。

ですが、急にその選択に違和感を感じた黒石社長は、「本当にやりたいことって何だろう?」と、自分に向き合い、上京を決意。

そんな中、学生時代にバイトをしていたアパレルショップの先輩から「新しくブランドを立ち上げるから一緒に働かない?」と声をかけられたのだと言います。

「楽しそうだな」という気軽な気持ちで飛び込んだ黒石社長でしたが、もともとファッションが好きだったこともあり、仕事にのめりこむように。

最初は商品管理を担当していたものの、立ち上げたばかりの会社だったため、様々な仕事を兼任。

徐々に店舗のデザインや服以外のデザインなど任されていくことが増えていき、アートディレクションについても学ぶことができたのだそう。

ここでの経験から、ショップ経営のノウハウを身に着け、能力の高さからハイブランドからの引き抜き話もあったという黒石社長。

でも、私がやりたいのはこれじゃない。

就職したころから、漠然と、「28歳までには次のステップに進もう」と考えていた彼女に、第二の転機が訪れます。

友人から、「おしゃれな ヴィンテージショップを作りたいから、一緒にやらない?」と、誘われ。

自分の世界観を自分で作れるのは楽しそうという直感を信じ、行動に移すことに・・・。

こうして生まれたのが「Ameri VINTAGE」です。

この時、27歳だったという黒石社長。

ビジネスからクリエイティブまで、陣頭指揮をとる黒石社長の手腕の凄さに脱帽してしまうほどの勢いで急成長。

現在では、Ameri(アメリ)といえば、誰もが聞いたことのあるブランドですよね。

そんなブランドをほぼ一人で成長させた黒石社長の凄さには圧倒されてしまいます。

現在は、新しくブランドを運営する仲間も増え、常に新しい風がAmeriに吹き込んでいるようです。

私生活では、お子さんも誕生し、多忙な毎日を送っている彼女。

今後、さらなる活躍を期待しています。

株式会社NUTULUCK代表取締役 菅原 智美さん

3人目の年商40億円の女社長は、株式会社NUTULUCK代表取締役菅原智美さんです。

子供のころから、自立心が大きかったという菅原社長。

両親がともに自営業をしており、忙しく働く姿を見て育ったためか、早く働きたい、早く稼ぎたいという気持ちが大きかったと言います。

そんな菅原社長は、志望校に合格するように必死で勉強し、念願の志望校に合格。

新入学に胸を膨らませるも、父親の仕事の都合で熊本に引っ越すことに・・・。

この時、自分ではどうしようもないことが起こってしまうんだということを痛感。

泣く泣く、熊本の高校に転校したと言います。

そして、高校卒業後、ビックになるという夢を持ち、上京。

東京の全日空エンタープライズに就職し、全日空ホテルで勤務。

やはり、年商40億の社長になるような人は、本当に優秀な人が多いんですね。

全日空グループといえば、日本でも有数の大企業ですもんね。

そんな大企業に就職した菅原社長ですが、徐々に年功序列、学歴重視という社内の体質に違和感を感じるように・・・。

その後、ソムリエの資格を取得し、女性が少なかったソムリエの世界を目指した菅原社長。

ですが、ここでもサービスする側よりサービスされる側になりたいと、ついに起業を決意。

起業のための準備として、リクルートへ転職。

そこで営業のスキルを学び、30歳までに年収1000万円を目指すという明確な目標の下、仕事に励む日々。

そんな中、お世話になった女性上司が携帯電話会社への転職を理由に退職。

そして、一緒に来ないかと誘われたのだそう。

一度は断ったものの、「動き出したばかりの携帯市場を作り上げていってくれ」という誘い文句に惹かれ、リクルートでは自分一人で何かを作り上げることはできないけど小さい会社なら、自分の力を発揮できると転職を決意。

当時は、一部の富裕層しか携帯電話を持てなかった時代。

この先、どれほど携帯電話が浸透していくかわからない状況で、現在では当たり前の代理店制度を導入。

その後、全国に直営店を展開し、新たなサービスも導入。

水にぬれた携帯電話を復活させるサービスも開発したのも菅原社長だというのですから、驚きですよね。

こうして、10年が経過したころ、もっとアナログな事業を自分で立ち上げたいと思い、社長に退職を相談。

すると、社長から思いがけない申し出が・・・。

「新規事業はこの会社でやればいい。君がこの会社を継いでくれ。」

とのこと。

こうして、菅原社長が入社したころから成長を重ね年商40億社員数100名という企業の社長に就任

その後、立ち上げた新規事業は、会議・商談・ミーティングなど、働く女性やビジネスマンが落ち着いて仕事をするためのビジネススペースのレンタル事業。

さらに、女性同士の交流の場にもなるような施設づくりを推進。

現在では、ドリンクバーやパソコンのレンタル無料サービスなども充実し、多くのビジネスマンや働く女性に人気のスポットに。

セミナー・講演会なども充実しており、女性のための人脈づくり、出会いの場として活用されることも。

まさに、様々なことに果敢に挑戦してきた菅原社長だからこそ、作ることのできた事業ではないでしょうか。

今後、ますますのご活躍を期待しています。

sakkuraグループ代表 石丸さなゑさん

最後の年商40億の女社長は、sakkuraグループ代表石丸さなゑさんです。

石丸社長は、5つの会社のマネジメントを担い、年商40億円を稼ぎだしています。

今でこそ、凄腕女社長の石丸さんですが、若いころは仕事ができず落ちこぼれだったのだそう。

幼いころは、ふわっとした感じの女の子だったと語る彼女。

短大卒業後に、東京のベンチャー企業に入社したことから、波乱万丈な人生が始まったと話していました。

入社当初は、自分の低すぎるスキルのおかげで、仕事にまい進する日々を送っていたとのこと。

がむしゃらに経理や労務管理を学び、仕事を頑張ることによって自分の存在価値が認められる会社で、気が付けば30代前半まで仕事一筋の生活。

その後、34歳で一度休職し、地元の広島県へ帰郷

現在は、広島県福山市でsakkuraを経営されています。

独立当初は、女性の独立支援に力を入れていたという石丸社長ですが、当時の女性の部下に「頑張って働きたくない。女性は結婚して子育てするだけで何が悪いのか?」と言われたことで、価値観が大きく変わったとのこと。

その後、東日本大震災による影響を受け、事業が傾きかけたこともあったようですが、会社員時代に学んだ経理の知識を生かしながら、何とか持ちこたえることに成功。

今では、清掃会社の取締役総務部長、飲食事業会社の社長、タクシー会社の取締役、エステサロンの社長、弁当・土産会社の取締役という5つの肩書を掛け持ちし、年商40億円を稼ぎ出す社長に。

そんな石丸社長には、26年間続けているというルーティンがあるのだそう。

朝起きたら、その日一日でやることを15分間シミュレーションして、就寝時は、その日あった出来事を15~20分ほど反省すること。

こうすることで、一日の流れをつかみ頭の中でやるべきことを整理することができるとのこと。

5つも掛け持ちし、年商40億円も稼ぎだしている石丸社長は、年収もかなりの額を稼いでいるではと思ったのですが、実は、税金で持ってかれる金額が多く、年収は1千万円程度なんだとか。

経理のノウハウを生かし、税金対策をしながら、使える経費をねん出することも社長の仕事のようです。

今後、ますますの飛躍を期待しています。

スポンサーリンク

『ウワサのお客様』で爆売りした女社長は誰?

これまで、年商40億の女社長を紹介してきましたが、この中に『ウワサのお客様』でブランド品を爆売りした女社長はいるのでしょうか?

次回予告を見ると、スタイリッシュな白いスーツに身を包んだ女社長の姿が・・・。

ブランド中古買取販売で日本一の「コメ兵」で、鑑定額が総額1千万円以上というのですから、かなりの人物ですよね。

ルイ・ヴィトンやシャネルの高級ブランドバッグはもちろん、成功者のみが手にすることができるというロレックスのデイデイトなどの高級時計も次々と鑑定。

予告映像だけでは、人物を特定するのは難しそうなので、放送を見て確かめてみてくださいね。

新しい情報が分かり次第、随時、更新していきます。

スポンサーリンク

まとめ

いかがでしたか?

今回は、『ウワサのお客様』で年商40億円の女社長がブランド品を爆売りという内容が気になり徹底調査。

以外にも、年商40億円の女社長が多く見つかったので、一挙にご紹介しちゃいました。

  • ICHIGO代表 近本あゆみさん
  • B STONE社長 黒石奈央子さん
  • 株式会社NUTULUCK代表取締役 菅原智美さん
  • sakkuraグループ代表 石丸さなゑさん

皆さんの経歴も簡単に紹介しましたが、自分の前に転がってきたチャンスを無視せず、果敢に挑戦する行動力が成功へと導く鍵だったのではと思うくらい、チャレンジ精神旺盛ですよね。

失敗を恐れず、仮に困難や失敗にぶつかっても、そこからどうするのかさらに新たな取り組みを続けることによって、軌道修正し、現在へと着実にキャリアを重ねている皆さん。

女性の持つしなやかさと柔軟性を武器に、荒波を乗り越える素敵な女性たちの姿が浮かび上がってきました。

今後、さらなる活躍を祈念いたしております。

最後までお読みいただきありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました