こんにちは、ayurinnです。
2025年2月2日放送の『人生で1番長かった日』で、SUPER EIGHTの横山裕さんの壮絶すぎる人生がドラマ化されるという情報をキャッチ。
横山さんといえば、SUPER EIGHTのメンバーの中でも物静かな印象で、自分自身が前に出るというよりはメンバーを立てながら盛り上げてくれる存在というイメージを持っていました。
「まさか、壮絶な人生を歩んできたなんて」まったく知らなかったので、『人生で1番長かった日』でのドラマ化の情報を知り、驚愕。
「壮絶すぎる人生とはどのようなものなのか」とっても気になりました。
そこで今回は、番組の放送に先駆けて、横山裕さんの壮絶すぎる人生を深堀してみたいと思います。
さらに、家族(母・弟)との感動的な絆についても、合わせてご紹介したいと思います。
少しでも興味がある方は、ぜひ、最後までお付き合いください。
横山裕さんの壮絶すぎる人生とは?
横山裕さんのご両親は、彼が3歳の時に離婚。
母親に引き取られた横山さんは、その後、5歳の時に、母親が再婚した新しい父とともに生活することに。
ある日突然、新しい父から「今日からお父さんと呼びなさい」と言われ、衝撃を受けたと明かしていました。
あまりの衝撃に何も言えなかった彼を、新しい父は「はよ呼べ。」とどついたのだそう。
その後、母と新しい父との間に弟が2人誕生。
最初は幸せそうに見えた母親も、泣いていることもあったのだそう。
義父を悪くは言いたくないが・・・と言いよどんだ横山さんは、「怒号が聞こえたこともあった」と声を振り絞っていました。
そんな生活の中、母は、仕事を掛け持ちして生活を支え、横山さん自身も、2人の弟を養うため、中学卒業後は建設会社で働いていたのだそう。
中学3年生の時からジャニーズ事務所に入所していた横山さんは、芸能活動と仕事を掛け持ちしていたことになります。
当時を思い返してみると、京都にできたジャニーズシアターで関西ジャニーズジュニアとして、ステージを披露していた姿を思い出します。
私も、時間があればステージに通い、横山くんたち関西ジャニーズジュニアを応援。
立派にステージを披露していた横山くんが、まさかこんなに大変な思いをしていたとは、まったく気づきませんでした。
働ていた建設会社では、周りに迷惑をかけないよう必死に働き、芸能活動が忙しくなったことから退職を決めた時には、「芸能界でダメだったらいつでも戻ってこい」と声をかけてもらったと話していました。
こういうところにも、横山さんの人柄が表れているようです。
さらに、最愛の母にガンが見つかり、義父とは離婚。
弟たちの面倒を見ることもできず、弟2人は児童養護施設へ預けることに・・・。
父の違う弟たちではありますが、長男として弟たちを大切に思っていた横山さんは、「僕がしっかりしないと弟たちの人生がダメになる」「2人が独り立ちするまでは支えないと」と奮起。
下の弟さんが、大学進学を希望した時には、横山さんが学費を用意したのだそうです。
そして、横山さんが29歳の時に、最愛の母が虚血性心疾患で、50歳という若さで死去。
突然すぎる別れに、悲しみに暮れた横山さんは、「これまでにないくらい一番泣いた」と、当時を振り返っていました。
母親の死後も、二人の弟たちのよき兄として、慕われているようです。
こんな壮絶な人生を歩んできたなんて、みじんも感じさせずに、私たちに夢を与え続けてくれる横山さんの今後の活躍にも注目していきたいと思います。
横山裕さんの家族(母・弟)の絆に感動!
そんな壮絶な人生を歩んできた横山さんですが、家族の絆には、感動させられました。
最愛のお母さんが亡くなったのは、横山さんが開催を予定していた青森県でのソロライブの開幕4時間前。
残念ながら、死に目には会えなかったようです。
本当であれば、真っ先に駆け付けたかったであろう横山さんですが、気丈にもライブをやり切ったのだそう。
楽屋では思わず涙があふれそうになっても、「ステージに立たないで帰ったら、おかんもイヤやろうな。」と自身を奮い立たせたそうです。
さらに、最愛の母を思い、母親との思い出を歌詞にした『オニギシ』も披露。
MCでは、「僕は家族が大好きです。親に感謝は忘れないでください。親がいることは当たり前ではないですから。」と、ファンに向けてメッセージを送っていました。
母に、「ありがとう」と伝えられなかったことが、唯一の後悔だと語る横山さんですが、亡くなる1週間前には、大阪城ホールで開催されたソロライブに足を運び、1万人以上のファンを前に、大歓声に包まれる横山さんを見てうれしそうにしていたそうです。
親として、これほどうれしいことはないですよね。
横山さんは、最高の親孝行をしてくれたのだと思います。
また、弟さんとの絆も素敵なものでした。
母親の死で、悲嘆にくれる兄を支えようと、涙も流さず気丈にふるまっていたという上の弟さん。
ですが、やはり、弟さんもとても大きな精神的ショックを受けており、母親が亡くなった1週間後に突然倒れてしまったのだそう。
そして、病院に運ばれた弟さんは、横山さんに連絡をよこし、変なことを口走ったのだとか。
「先生が、変なことを言っている。おかんが死んだってわけわからん事言ってる。」・・・と。
弟さんは、母親の死にまつわる2年間ほどの記憶を失ってしまっていたそうです。
そんな弟さんのために、大阪に戻ってきた横山さんは、2人の弟さんと一緒に3人での生活を開始。
横山さんたち兄弟の献身的な対応により、徐々に記憶を取り戻していったという上の弟さん。
今では、結婚して家庭を持ち、安定した暮らしを送っているそうです。
また、横山さんが学費を出して大学に通っていた下の弟さんは、税理士として働いているのだそう。
本当に素敵な絆で結ばれている横山さん家族。
今後も、幸せな人生が続くことを願っています。
『人生で1番長かった日』で横山裕さんの壮絶すぎる人生をドラマ化!
2025年2月2日に放送される『人生で1番長かった日』では、横山さんの弟さんの結婚式の秘蔵映像を交えた家族の秘話をドラマ化。
トーク&ドラマで構成されるとのことで、どんな感動秘話が明かされるのか楽しみです。
DayDayで流れた予告映像では、涙を流す横山さんの姿も・・・。
涙なくしては見ることができない感動物語になっているのでしょう。
ハンカチ片手に、視聴することをお勧めします。
横山裕さんのプロフィール
まとめ
いかがでしたか?
『人生で1番長かった日』で、家族の秘話がドラマ化された横山裕さんの壮絶人生や家族の絆について、ご紹介しました。
- 両親の離婚、再婚、父親が違う2人の弟の誕生、母のガン、義父との離婚、児童養護施設に入所した弟たちとの別れ、最愛の母の死、弟の記憶喪失など、本当に壮絶な人生を歩んできた横山さん。
- ですが、その人生の中には、苦労ばかりではなく、素晴らしい家族の絆がありました。
人に優しく、メンバーにもファンにも大きな愛を運んでくれる横山さんは、今後もその笑顔で私たちを楽しませてくれることでしょう。
今後、ますますのご活躍を楽しみにしています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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